<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<rss 
     version="2.0"
     xmlns:itunes="http://www.itunes.com/DTDs/Podcast-1.0.dtd"
     xmlns:dc="http://purl.org/dc/elements/1.1/"
     xmlns:content="http://purl.org/rss/1.0/modules/content/">
  <channel>
    <title>トリビアな大阪弁</title>
    <link>http://naruchan.cocolog-nifty.com/blog/</link>
    <description>はんなり、まったりした大阪弁のあれこれ話</description>
    <language>ja-JP</language>
    <itunes:subtitle>はんなり、まったりした大阪弁のあれこれ話</itunes:subtitle>
    <itunes:summary>はんなり、まったりした大阪弁のあれこれ話</itunes:summary>
    <itunes:image href=""/>
    <itunes:author>マドレーヌ</itunes:author>
    <lastBuildDate>Mon, 8 Feb 2010 07:00:00 +0900</lastBuildDate>
    <dc:creator>マドレーヌ</dc:creator>
    <item>
      <title>切り替えの遅い男</title>
      <link>http://naruchan.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-89c3.html</link>
      <description><![CDATA[道を問われて教え終わった後に、「有難うございました」と丁寧に礼を言う人なら、「教...]]></description>
      <category>ウェブログ・ココログ関連</category>
      <category>パソコン・インターネット</category>
      <category>学問・資格</category>
      <category>心と体</category>
      <category>携帯・デジカメ</category>
      <category>文化・芸術</category>
      <category>旅行・地域</category>
      <category>日記・コラム・つぶやき</category>
      <pubDate>Mon, 8 Feb 2010 07:00:00 +0900</pubDate>
      <dc:creator>マドレーヌ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>道を問われて教え終わった後に、「有難うございました」と丁寧に礼を言う人なら、「教えて良かった」と思う。<br />「あっそっ」とだけ吐いて立ち去る人なら、「教えへんかったら良かった」と悲しくなる。<br /><br />何十年ぶりかで電話で喋った同級生の男性は、やけに横柄な口調だった。<br />社長という肩書きがそうさせるのか、開く口から出る言葉の端々に『オレ様』的な臭いがして、「ほぉ～」と驚いた。<br /><br />断っておくが、「お金、貸して」や、「仕事を回して」の頼み事ではないし、「私を誰だと思っているの」などと阿呆丸出しの感覚になっているわけでもない。<br /><br />「なんでやろう？　なんであんな態度なんやろ？？」<br />疑問は消化できず、彼を知る人に尋ねた。<br /><br />「アハハ。それな、相手がパニクってんねん。何十年ぶりの連絡に驚いてしもて、頭の中、整理できへんのやって。本人は横柄な口の利き方してるやてなんて、全然思てないはずや」と大笑いしていた。<br />「男は切り替えが遅い！」と言うと、「そんなもんやって」とまた笑われた。<br />「突然の事に慌てふためいて、ムカツク口の利き方もしゃぁないって言われても、こっちはなんや悲しなる」と嘆くと、<br />「男って、そんなもんなんよ」と、まだ軽く笑っていた。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>右に倣えの言葉遣い</title>
      <link>http://naruchan.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-0c6d.html</link>
      <description><![CDATA[どなしても気になる言葉がある。 使われると、「この言葉以外に、使える言葉もあるや...]]></description>
      <category>ウェブログ・ココログ関連</category>
      <category>スポーツ</category>
      <category>ニュース</category>
      <category>パソコン・インターネット</category>
      <category>学問・資格</category>
      <category>文化・芸術</category>
      <category>旅行・地域</category>
      <category>日記・コラム・つぶやき</category>
      <category>映画・テレビ</category>
      <category>経済・政治・国際</category>
      <category>芸能・アイドル</category>
      <pubDate>Mon, 1 Feb 2010 07:00:00 +0900</pubDate>
      <dc:creator>マドレーヌ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>どなしても気になる言葉がある。<br />使われると、「この言葉以外に、使える言葉もあるやろに」と引っ掛かる。<br /><br />例えば、この3つ。<br />・読み解く<br />・認識する<br />・延びしろ<br /><br />『読み解く』は、テレビで細木数子が出てくると、そこに流れるナレーションでは必ずと言っていいくらい一度は使っていた。<br /><br />『認識する』は相当使われている。謝罪会見でも政治家の言葉にも、しょっちゅう出てくる。<br />しかし、この言葉を使うと喋る本人とは距離感が生じて、どこか遠い所で起こった出来言か他人の事について語っているように感じる。<br /><br />『延びしろ』は最近、特に目立って使われ始めた。スポーツ選手の今後の成長予想をするときになどに、「まだまだ延びしろはありますからね」と解説者などが使う。<br /><br />誰かが使うと、皆、右に倣えのように同じ言葉を使う。<br />自分の言葉で喋るということが抜け落ちている。<br />そこが「あんさん、そないゆうてたらええと思てなはんのやろ」と鼻につき、「センスないなぁ。コメントするなら、言葉を増やすとか、どないぞしょうと思わんか」と、テレビの向こうの見知らぬ人に言っている。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>大阪弁：「テキ（＝ビーフステーキ）」</title>
      <link>http://naruchan.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-390c.html</link>
      <description><![CDATA[大阪では、肉は牛肉を指す。 肉じゃがの肉は、勿論、牛肉だ。 肉うどんの肉も、牛肉...]]></description>
      <category>ウェブログ・ココログ関連</category>
      <category>グルメ・クッキング</category>
      <category>パソコン・インターネット</category>
      <category>学問・資格</category>
      <category>心と体</category>
      <category>文化・芸術</category>
      <category>旅行・地域</category>
      <category>日記・コラム・つぶやき</category>
      <category>育児</category>
      <pubDate>Tue, 26 Jan 2010 11:53:17 +0900</pubDate>
      <dc:creator>マドレーヌ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>大阪では、肉は牛肉を指す。<br />肉じゃがの肉は、勿論、牛肉だ。<br />肉うどんの肉も、牛肉だ。<br /><br />関東では豚肉が多く使われるので、肉と言ってもすぐに牛肉と結びつかないようだ。<br /><br />肉（牛肉）を使った料理で王座に君臨するには、『テキ』だと思う。<br />大阪弁ではステーキの事を「テキ」と呼ぶ。<br />ビーフステーキがステーキになり、やがてテキと変化したものだと思うこの言葉。<br /><br />縁起を担いで、我が家では元旦の夕食は「敵を食うとゆうて、テキなんやで」と、祖母が牛肉代金を張込んで（奮発して）、家族の人数分の分厚いステーキが各人の前に出された。<br />美味しかったが、幼い頃は、「敵って誰やろ？？」と疑問に思って食べていた。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>絶対、でける（出来る）！</title>
      <link>http://naruchan.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-8577.html</link>
      <description><![CDATA[仕事が立て込んできた時、あるいは、仕事の量が思いの外多い時に、「これ、期日までに...]]></description>
      <category>ウェブログ・ココログ関連</category>
      <category>パソコン・インターネット</category>
      <category>学問・資格</category>
      <category>心と体</category>
      <category>文化・芸術</category>
      <category>旅行・地域</category>
      <category>日記・コラム・つぶやき</category>
      <pubDate>Thu, 21 Jan 2010 07:57:12 +0900</pubDate>
      <dc:creator>マドレーヌ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>仕事が立て込んできた時、あるいは、仕事の量が思いの外多い時に、「これ、期日までにせんとあかん！　気張らな（＝頑張らなくては）」と、先ず自分自身に言う。<br /><br />途中で、「まだまだある」と溜息を漏らして、「ちょっとしんど～」と思う事はしょっちゅうある。<br /><br />「締め切りまでに書き上げる事は……いけるやろか？（大丈夫だろうか？）」と、不安を抱いた時に必ず行う事がある。<br /><br />「大丈夫！　絶対、でける（出来る）！　ぜーだい、でけるって」と声に出す。<br /><br />大阪弁では、『できる』は『でける』と言う。<br />「でける、でける」<br />「うちは、必ずでけるのや」<br />二度、三度と言う内に、“パワー復活”となり、気を取り直して仕事を続ける。<br />このお蔭で、締め切りを破ったことはない。　</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>大阪弁：『よめとぉめかさのうち（夜目遠目傘の内）』</title>
      <link>http://naruchan.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-3df3.html</link>
      <description><![CDATA[時々、「なんで、うち、こんな言葉知ってんのやろ？」と思う事がある。 つい最近、「...]]></description>
      <category>ウェブログ・ココログ関連</category>
      <category>パソコン・インターネット</category>
      <category>学問・資格</category>
      <category>心と体</category>
      <category>恋愛</category>
      <category>文化・芸術</category>
      <category>旅行・地域</category>
      <category>日記・コラム・つぶやき</category>
      <category>書籍・雑誌</category>
      <pubDate>Thu, 14 Jan 2010 13:04:44 +0900</pubDate>
      <dc:creator>マドレーヌ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>時々、「なんで、うち、こんな言葉知ってんのやろ？」と思う事がある。<br /><br />つい最近、「よめとぉめかさのうち」とつらつらと口から出て、「あれ？　この言葉、なんやったっけ」と、ひとしきり（一頻り）考えた。<br />祖父母が使っていた言葉に違いはなく、「どんな時につこて（使って）たかとゆうと……あっ、そやわ！ 『明るいとこでよぉ見たら、ヘチャ（器量が悪い・不細工）や。そら、よめとぉめかさのうちやがな』と、お祖父ちゃんが言うてた！！」<br /><br />【大阪ことば事典：牧村史陽 編　講談社学術文庫】によると、<br />『ヨメトォメカサノウチ（夜目遠目傘の内）：夜見た時、遠くから見た時、そして傘をさしているのを見た時の婦人は、普通よりもさらに美しく見えるとの意。明治時代まで行われた上方いろはたとえの中にある句』<br />とある。<br /><br />祖父の当時の話の前後の記憶はない。<br />「どこぞで出おた（出会った）女の人が、後で別の所で見掛けたら、案外おもてた程（思っていた程）、別嬪さんやなかったと、そんな話やったんやろな」と想像はつく。<br />大して残念そうでもなく、ケラケラと笑っていた祖父の顔を思い出した。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>大阪弁：「おめでとぉさん（御目出度様）」</title>
      <link>http://naruchan.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-1dd3.html</link>
      <description><![CDATA[明治生まれの祖父母が生きていた時分の元日の朝の挨拶は決まっていた。 「明けまして...]]></description>
      <category>ウェブログ・ココログ関連</category>
      <category>パソコン・インターネット</category>
      <category>学問・資格</category>
      <category>文化・芸術</category>
      <category>旅行・地域</category>
      <category>日記・コラム・つぶやき</category>
      <category>育児</category>
      <pubDate>Tue, 5 Jan 2010 09:57:22 +0900</pubDate>
      <dc:creator>マドレーヌ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>明治生まれの祖父母が生きていた時分の元日の朝の挨拶は決まっていた。<br />「明けましておめでとうございます」と、私が言えば、<br />「おめでとぉさん」と祖父・祖母、そして父と母が返してくれた。<br /><br />「おめでとうございます」と、父と母が祖父母に言えば、<br />「おめでとぉさん」と、祖父母が返していた。<br /><br />私と妹は互いに<br />「おめでとうございます」と言っていた。<br />３つ年上の私の返事は「おめでとぉさん」でも通るのだが、年の初めの改まった挨拶という気持ちもあって、「おめでとうございます」を使っていた。<br />これは今年で私：52歳と妹：49歳になっても、変わらない。<br /><br />「おめでとうございます」と目下の者が丁寧に挨拶するのに対して、目上の者が「おめでとぉさん」と言う。<br />これは逆になってはいけない。<br />「おめでとぉさん」という大阪弁は、同輩か、目上から目下に向かって使うものだ。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>おおつもごり（大晦日）とその前日</title>
      <link>http://naruchan.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-ea7e.html</link>
      <description><![CDATA[育った町内の年末の光景は、昭和50年（1975年）頃までは、毎年同じだった。 昭...]]></description>
      <category>ウェブログ・ココログ関連</category>
      <category>グルメ・クッキング</category>
      <category>住まい・インテリア</category>
      <category>学問・資格</category>
      <category>文化・芸術</category>
      <category>旅行・地域</category>
      <category>日記・コラム・つぶやき</category>
      <pubDate>Wed, 30 Dec 2009 12:51:54 +0900</pubDate>
      <dc:creator>マドレーヌ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>育った町内の年末の光景は、昭和50年（1975年）頃までは、毎年同じだった。<br />昭和33年（1958年）生まれの私が、17歳になったその時分は、恒例の町内の一コマが繰り返された。<br /><br />30日の昼下がり、玉田（仮名）のおばちゃんが自宅前に立つ。<br />慌ただしく行き交う町内のおばちゃん達に、「あんたとこ、もう買いもんすんだ？」と、やけに悠長に声を掛ける。<br />声を掛けられたおばちゃんは、『相も変わらずやな、玉田はん。毎年のことやけど、この時期にそない呑気にしてられんのは、あんただけでっせ。なにしろお節はいっつもスーパーでこうてきはんのやさかい、世話ないわなぁ』と心で思いながら、「大体のもんはこうた（買った）」と返すのが恒例だ。<br /><br />30日の夜、「ところで、しげやん、帰ってきたんかいな？」と、思い出したように町内のどこかのお宅で話題になる。<br />しげやんは、やくざの世界に身を置いているが、時々、町内に住むお兄さん夫婦の家に舞い戻ってくる。<br />「さぁな、姿、見んな」というのが、恒例だった。<br /><br />やがて一晩明けて31日。<br />おおつもごり（大晦日：大阪弁では「おお<strong>つご</strong>もり」ではなく「おお<strong>つも</strong>ごり」と言う）だ。<br />今年最後の日を、すでに大掃除の済んだ各家で、男性の多くは自宅の神さん飾りに精を出し、女性はお節の重箱詰めなどをしながら、晴れの日を迎える支度にラストスパートをかけるのだった。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>大阪弁：「どひょぉしもない」</title>
      <link>http://naruchan.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-3fc6.html</link>
      <description><![CDATA[地下鉄内で、10代の女の子達が突然、「キャーッ」「ウッソー」と声を上げた。 続く...]]></description>
      <category>ウェブログ・ココログ関連</category>
      <category>パソコン・インターネット</category>
      <category>学問・資格</category>
      <category>心と体</category>
      <category>文化・芸術</category>
      <category>旅行・地域</category>
      <category>日記・コラム・つぶやき</category>
      <category>育児</category>
      <pubDate>Fri, 25 Dec 2009 07:00:00 +0900</pubDate>
      <dc:creator>マドレーヌ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>地下鉄内で、10代の女の子達が突然、「キャーッ」「ウッソー」と声を上げた。<br />続く、「ほんで、ほんで」という言葉も大きな声だ。<br /><br />さして珍しくもない光景だ。<br />だが、少なくても40年程前は、こんな奇声を車内であげると周囲から睨まれたものだ。<br /><br />40年ほど前なら祖母は生きていたので、こんな状況に出くわすと、帰宅後、その時の様子を10歳そこそこの私に語りきかせた。<br />「どひょぉしもない声立ててから、こっちはびっくりしてしもて。なんぞ起こったのかしらんと、皆、そっちを見ても、なーんにもない。箸が転んでもおかし年頃に違いないけど、はた迷惑ということも考えなあかんわな」と、こうして諭された。<br /><br />大阪弁の『どひょぉしもない』は、『とんでもない』や『突飛な』という意味だ。<br />この頃は、全く聞くこともない懐かしい大阪弁の一つだ。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>大阪弁：とんがらし（唐辛子）</title>
      <link>http://naruchan.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-b6e2.html</link>
      <description><![CDATA[明治生まれの祖父は、孫の私に対して、とにかく構いたがり（世話をしたがる人）だった...]]></description>
      <category>ウェブログ・ココログ関連</category>
      <category>グルメ・クッキング</category>
      <category>パソコン・インターネット</category>
      <category>学問・資格</category>
      <category>心と体</category>
      <category>文化・芸術</category>
      <category>旅行・地域</category>
      <category>日記・コラム・つぶやき</category>
      <category>育児</category>
      <pubDate>Mon, 21 Dec 2009 07:00:00 +0900</pubDate>
      <dc:creator>マドレーヌ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>明治生まれの祖父は、孫の私に対して、とにかく構いたがり（世話をしたがる人）だった。<br />殊に、衣・食にはうるさかった。<br /><br />祖父とおうどんを食べるときは、薬味の量に気をつけた。<br />「子供の時分に、とんがらし（唐辛子）をよぉけ入れて食べるもんやない」<br />小学生の間は、出されたおうどんに七味唐辛子をかける量を見て、多すぎると、「そないかけて、食べられるんか？」と問われた。<br />自分でも『しもた。多かったみたいや』と思っても、自分でしでかしたことなので、「気遣いないもん（大丈夫よ）」と言って食べた。<br /><br />何度か、食べ終わった丼の底に、紅い七味唐辛子の粉が沈んでいることもあった。<br />言葉には出さないが、『ほれ、みてみ。辛かったのに』と思っている祖父の目を感じた。<br /><br />ある時、辛みのきつい一味唐辛子をかけ、これが思いの外刺激が強かった。<br />一杯のおうどんを食べている間に唇の周りが痺れてしまう程だ。<br />この時も、祖父の『ほれ、みてみぃ。わしはあかんと思てたんや』の視線を感じたが、何でもない風にやせ我慢した。<br />祖母は表情も変えず、思春期に入ろうとする孫に、さらりと「お茶、たぁんと飲んどき」と言いながら、丼鉢を下げた。<br />もう、40年程も前の話だ。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>大阪弁：いっかど（一角）</title>
      <link>http://naruchan.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-3382.html</link>
      <description><![CDATA[もう50年近く前の話になる。 大人顔負けに喋る幼児の私を相手に、祖父母の周りの人...]]></description>
      <category>ウェブログ・ココログ関連</category>
      <category>パソコン・インターネット</category>
      <category>学問・資格</category>
      <category>心と体</category>
      <category>文化・芸術</category>
      <category>旅行・地域</category>
      <category>日記・コラム・つぶやき</category>
      <category>育児</category>
      <pubDate>Tue, 15 Dec 2009 07:00:00 +0900</pubDate>
      <dc:creator>マドレーヌ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>もう50年近く前の話になる。</p>

<p>大人顔負けに喋る幼児の私を相手に、祖父母の周りの人達は、「ほんまにこの子ぉ、いっかどの口きいてから」と呆れていた。<br />大阪弁の『いっかど（一角）』とは、『相当な』という意味で使われた。<br />この場合、「いっかどの口をきく」といのは、決して褒めているのではない。<br />祖母のように理詰めで話す内容に、「あのまぁ、この子は口が達者すぎて、敵わんなぁ」と呆れているのだ。<br /><br />中には、「あたおとろし（とても怖い）。フフフ」と笑っている人もいた。<br />こちらは本当に怖いというのではなく、苦笑いのようなものだ。<br /><br />いっかどの口をきくおませな子は、それから50年程の時間を経過して、「今まで生きてきた中でなんやかんやとあった事も、うちには良かったんや」と、いっかどの口をきく意外にしぶとい（タフな）おばちゃんになった。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>そぉれん（葬礼＝葬儀）のお弁当</title>
      <link>http://naruchan.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-4573.html</link>
      <description><![CDATA[この間、母の幼馴染みの女性が事故で亡くなった。 電話で話す母の声は、「70過ぎま...]]></description>
      <category>ウェブログ・ココログ関連</category>
      <category>グルメ・クッキング</category>
      <category>パソコン・インターネット</category>
      <category>学問・資格</category>
      <category>心と体</category>
      <category>文化・芸術</category>
      <category>旅行・地域</category>
      <category>日記・コラム・つぶやき</category>
      <pubDate>Fri, 11 Dec 2009 07:00:00 +0900</pubDate>
      <dc:creator>マドレーヌ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>この間、母の幼馴染みの女性が事故で亡くなった。<br />電話で話す母の声は、「70過ぎまで生きてきて、事故で死なんでもええのに。可哀想な」と、はじめはショックを受けていた。<br />話をしている間に、「まぁ、今頃は、向こうで先に逝った子ぉらと賑やかにしてることやろ」と落ち着き、やがて自分の葬儀の段取りの話へと移っていった。<br /><br />一通り母の言う事を聞いてから、私が「お母ちゃん、うちとこは皆、長命やろ。そやさかいに、お母ちゃんがのぉなっても（亡くなっても）、おそらく、お母ちゃんの同級生はいてへんのとちがうやろか？　同級生やら知ってる人やらを呼んで、皆で賑やかに見送って欲しい言われても、今思てるほど、盛り上がれへんと思うねんけど」と伝えた。<br />母は「そうかもしれへん。ほなな、葬礼のお弁当、あれはケチらんといてや。頼んどくで」とのこと。<br /><br />妹に電話をして、「お母ちゃんがこない言うてた」と伝え、二人で「数は多めに、中身の充実したお弁当に」と合意した。<br />が、現在97才の祖母が元気なことを考えれば、「後20年は先になるかもしれへん葬礼弁当の事を相談してもなぁ」と、互いに笑い声を立てて電話を終えた。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>大阪弁：「おだいっさん（お大師様）」</title>
      <link>http://naruchan.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-5b9a.html</link>
      <description><![CDATA[大阪弁では、「飴ちゃん」や「お芋さん」など、名詞に、『ちゃん』や『お○○さん』を...]]></description>
      <category>ウェブログ・ココログ関連</category>
      <category>ゲーム</category>
      <category>パソコン・インターネット</category>
      <category>学問・資格</category>
      <category>心と体</category>
      <category>文化・芸術</category>
      <category>旅行・地域</category>
      <category>日記・コラム・つぶやき</category>
      <pubDate>Wed, 9 Dec 2009 09:15:33 +0900</pubDate>
      <dc:creator>マドレーヌ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>大阪弁では、「飴ちゃん」や「お芋さん」など、名詞に、『ちゃん』や『お○○さん』を付ける言葉は多い。<br />どんな単語にも『ちゃん』をつけて通るかと言うと、そうでもない。<br />「油揚げ」の事は、「あげさん」とも「おあげさん」とも言うが、「あげちゃん」とは言わない。<br /><br />何に『お』がついて、どんな名詞に『さん』がついて、でもこんな名詞には『ちゃん』はつかないなど、「これはこう」と言えるものはないのだが、「なんとのぉ、雰囲気で使い分けてる」のが実態だ。<br /><br />それに、「お寺さん」と言えば、「寺」自体を表わすときもあれば、「僧侶」を指しているときもある。<br />話の内容や、前後の流れから、理解して貰うしかない。<br /><br />「神様」・「仏様」は「神さん」・「仏さん」と呼び、例えば「不動明王」なら「お不動さん」と言うのが一般的だ。<br />弘法大師のことは、「おだいっさん（お大師様）」と呼んで、ぐっと身近な存在として捉えている。<br />そう言えば、35年程前の私が高校生の頃、放課後の教室に数人が残り、トランプをしていた。<br />一人、高野山から通っていた子がいて、負けそうになると、「僕にはおだいっさん（お大師様）が付いている！」と冗談で言ったのが可笑しかった。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>祖父母育ちの得なこと</title>
      <link>http://naruchan.cocolog-nifty.com/blog/2009/12/post-ef04.html</link>
      <description><![CDATA[私の場合は、祖母が最も身近な存在で、また尊敬し、信頼できる人だった。 話す言葉の...]]></description>
      <category>ウェブログ・ココログ関連</category>
      <category>パソコン・インターネット</category>
      <category>学問・資格</category>
      <category>心と体</category>
      <category>文化・芸術</category>
      <category>旅行・地域</category>
      <category>日記・コラム・つぶやき</category>
      <category>育児</category>
      <pubDate>Mon, 7 Dec 2009 07:00:00 +0900</pubDate>
      <dc:creator>マドレーヌ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>私の場合は、祖母が最も身近な存在で、また尊敬し、信頼できる人だった。<br />話す言葉のベースは、やはり祖母の話し方にある。<br />言葉の選び方、使い方が祖母に近いと、今でも思う。<br /><br />小さな頃、例えば、「井の中の蛙や」と祖母が評する人は、「了見の狭い人ということやな」と思っていた。<br />明治生まれの祖父母と共に過ごしていたので、使う言葉も上記のように『考え方の狭い人』ではなく、『了見の狭い人』という表現の方がしっくりきた。<br />年相応の言葉遣いになったのは、小学校に入ってからだ。<br />同じ年の子達と集団生活をするようになって、「了見って、皆は使えへんみたい」と感じ始めた。<br /><br />祖父母の元に来る人達も、私の父母よりもかなり年上で、明治・大正生まれの人達だ。<br />こうして、自身とはうんと世代の違う人達がいる環境の中で育ったお蔭で、同じ年頃の子達に比べると、自然と言葉の数は増えていった。<br /><br />「大人と同じ様に喋る子ぉや」<br />「話しててみぃな。ほんまに、大人顔負けやで」<br />町内の人達は、半ば呆れてこう言った。<br />けれど、よくよく考えてみると、今の物書き業には役立つことが多いので、「やっぱり、あの環境は有難いことやわ」と思っている。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>カップアイスは1/2</title>
      <link>http://naruchan.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/12-ec64.html</link>
      <description><![CDATA[今から思うと「致し方なかったんやろ」と思う事がいくつかある。 今年亡くなったマイ...]]></description>
      <category>ウェブログ・ココログ関連</category>
      <category>パソコン・インターネット</category>
      <category>学問・資格</category>
      <category>心と体</category>
      <category>文化・芸術</category>
      <category>旅行・地域</category>
      <category>日記・コラム・つぶやき</category>
      <category>育児</category>
      <pubDate>Mon, 30 Nov 2009 07:00:00 +0900</pubDate>
      <dc:creator>マドレーヌ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>今から思うと「致し方なかったんやろ」と思う事がいくつかある。<br /><br />今年亡くなったマイケル・ジャクソンと同じ昭和３３年（1958年）生まれの私は、明治生まれの祖父母に育てられた。<br />祖父母は実の娘をを７才で亡くしている。<br />元々体が弱かったようで、「がっこへ行てから（学校に入学してから）しばらくしたら、わてがおぶて（私が負んぶをして）通た日もあった」と祖母は話していた。<br /><br />それから２０数年が経ち、私の父が松尾家の養子になり、その１０年後に母が嫁いできた。<br />父母の間には、翌年、長男が生まれたが早産で、たった１日だけの生涯を終えた。<br /><br />その翌年に生まれたのが私だ。<br />祖父母は「滋養にええもん」と、孫の体を心配した。<br />「おじいちゃんやおばあちゃんは、こんなもんや」と、漢方薬に砂糖を入れて飲まされるのも大して疑問にも思わず、「体にええのやで」と言われたら飲んでいた。<br /><br />カップ入りアイスクリームを小学３年生までは、「お腹が冷えるさかいに」と、１個を一人で食べるのは「あかん」と言われた。<br />祖父が「ほな、これだけや」とカップの真ん中に線を入れて、私が半分、残った溶けかけた半分を祖父が食べていた。<br />ある時、祖父に「一人で１個食べたい！」「あかん！」「食べたい！！」「いかんのや！！」と押し問答があって、祖母の「もう食べてもよろしがな」の一言で１個完食が実現した。<br />嬉しかったはずだが、その思いは残っていない。<br />祖父がしばらく機嫌が悪かったのだけは覚えている。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>請けおぉた事（請け合った事）</title>
      <link>http://naruchan.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-fc36.html</link>
      <description><![CDATA[どんな時も、『うちの仕事は原稿を渡すまでや』と思っている。 かつて、ラジオドラマ...]]></description>
      <category>ウェブログ・ココログ関連</category>
      <category>パソコン・インターネット</category>
      <category>学問・資格</category>
      <category>心と体</category>
      <category>文化・芸術</category>
      <category>旅行・地域</category>
      <category>日記・コラム・つぶやき</category>
      <category>映画・テレビ</category>
      <category>書籍・雑誌</category>
      <category>芸能・アイドル</category>
      <pubDate>Tue, 24 Nov 2009 07:00:00 +0900</pubDate>
      <dc:creator>マドレーヌ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>どんな時も、『うちの仕事は原稿を渡すまでや』と思っている。<br /><br />かつて、ラジオドラマでかなりの人数のライターと仕事をしてきたディレクターから、「君は一度も僕の演出に文句を言わないけれど、なぜ？」と問われた事があった。<br />「書くのがうちの仕事で、渡した原稿を、それから後、どない弄ってもろても、それは演出をするお方のもんやと思てまっさいかい」と答えた。<br />このディレクターは私よりも一回り以上年上で、大阪弁をよく判っている人物だったので、言葉もすんなりそのままで話せ、真意もスムーズに伝える事ができた。<br /><br />舞台の場合は、演技者・脚本家・演出家・舞台装置家・大道具さん・小道具さん・音響さん・照明さん・舞台監督さん＜通称：舞監さん（ぶかんさん）＞らが、夫々、プロ意識を持って、磨いてきたセンスや実力を発揮できるかが、「うまい事いくかどうかの分かれ目かもしれへん」と感じる。<br />そして、媒体の違いはあるが、「うちが思てるプロ意識は、請けおぉた事（請け合った事）を、どこまで職人になってやり通せるかと言うことやわな」と、考えるこの頃だ。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>人生、長いか短いか</title>
      <link>http://naruchan.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-2969.html</link>
      <description><![CDATA[人は、『一生』や『たった一度の生（せい）』とか言うけれど、「生きている時間は短い...]]></description>
      <category>ウェブログ・ココログ関連</category>
      <category>パソコン・インターネット</category>
      <category>学問・資格</category>
      <category>心と体</category>
      <category>文化・芸術</category>
      <category>旅行・地域</category>
      <category>日記・コラム・つぶやき</category>
      <pubDate>Mon, 16 Nov 2009 07:00:00 +0900</pubDate>
      <dc:creator>マドレーヌ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>人は、『一生』や『たった一度の生（せい）』とか言うけれど、「生きている時間は短いわ」と、この頃にになって感じてます。<br />“一生”が、「できることなら“二生”あっても悪ないかもしれへん」と思うようになったんは、仕事が忙しなったせいでっしゃろ。<br />時間が、ほんまにはよ（＝早く）経っていきますのや。<br /><br />うち（＝私）のイメージする人生は、50mのプールを往復し、100m、つまり100才まで泳ぐと言うものでおました。 <br />何しろ長命の筋でっさかい、「100才まで楽勝や」と思てます。<br /><br />40代の半ばから、ターンする壁が見えてんのに、そこに『手ぇが届きそうで届けへん』の感覚が強うて、苦しおましわ。<br />特に、47、48、49才の頃は、1年間がヒィヒィ、ハァハァの体（てい）で、毎朝耳元でゴボゴボという水音が聞こえてくるよな始末。「長いなぁ、長いなぁ～」の日々やったと思い返してます。<br />50才になった朝、「折り返しや！」と思た時から、それまで流れていた水音が消えてしもて、身も心も軽なったのを覚えてます。<br />今年51才の誕生日に、「うちは我ぁが強いよって、今みたいに来るもの拒まずの仕事のやり方は60まで。なんや（=何だか）、60過ぎたら我ぁを押さえて生きていく力が弱なるような気がして……ほんで、60才からどないするかは、またその時に決めたらええわ」と思いました。<br /><br />人生は「長いなぁ～」と感じる期間と、「えらい短いがな」と感じる期間があるということを、この年齢になって初めて知りました。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>かかりつけのせんせ（先生）</title>
      <link>http://naruchan.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-1518.html</link>
      <description><![CDATA[新型インフルエンザが流行っている。 かかりつけの医師がいればいいが、なければ診て...]]></description>
      <category>ウェブログ・ココログ関連</category>
      <category>ニュース</category>
      <category>パソコン・インターネット</category>
      <category>学問・資格</category>
      <category>心と体</category>
      <category>文化・芸術</category>
      <category>旅行・地域</category>
      <category>日記・コラム・つぶやき</category>
      <category>育児</category>
      <pubDate>Tue, 10 Nov 2009 11:15:00 +0900</pubDate>
      <dc:creator>マドレーヌ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>新型インフルエンザが流行っている。<br />かかりつけの医師がいればいいが、なければ診て貰う所を探す人も多いだろう。<br /><br />ひどい蕁麻疹が小学校の低学年頃までしばしば出ていた私は、かかりつけの内科・小児科のせんせ（＝先生：医師）がいた。<br /><br />昭和33年（1958年）生まれの私が、5才前後の頃のお話だ。<br />その先生の前にチョコンと座ると、先生は、「今日はどないしたんや？」と問いかけた。<br /><br />先生は町内で“へんこつ（＝偏屈）”で通っており、診察室に入るなり（＝入った途端）患者が「先生、風邪ひいてしもて」と言うと、「ほぉ、自分で風邪と診断できるなら、医者はいらんな」と返す先生だった。<br />皆は「難しお人や」と陰で言っていたが、私は“なんとのぉ好きなせんせ（＝何となく好きな先生）”だった。<br /><br />「どないしたんや？」と問われると、「ポンポン痛い（＝お腹が痛い）」と答えて、「ほな一遍診よか」と言いながら、腹部の触診が始まった。<br />大便の状態を答える時も、この頃は「びっちんやった（＝下痢だった）」と言っていた。<br /><br />やがて、『ポンポン』は『おなか』と言うようになり、『びっちん』は『お腹通した』とか『お腹下した』になり、高校生の頃には『下痢』と言うようになっていた。<br /><br />いつを境に幼児語が抜けていったのか、自分でも定かでない。<br />年齢がいくに従って、言葉の数も言葉遣いも変わっていった。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>大阪弁：「キチキチ」</title>
      <link>http://naruchan.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/post-e5cd.html</link>
      <description><![CDATA[冬物の洋服を出して、その内の何枚かを着てみた。 「まぁ何とかいけるわ」 去年着て...]]></description>
      <category>ウェブログ・ココログ関連</category>
      <category>パソコン・インターネット</category>
      <category>ファッション・アクセサリ</category>
      <category>学問・資格</category>
      <category>心と体</category>
      <category>文化・芸術</category>
      <category>旅行・地域</category>
      <category>日記・コラム・つぶやき</category>
      <category>美容・コスメ</category>
      <pubDate>Thu, 5 Nov 2009 08:15:00 +0900</pubDate>
      <dc:creator>マドレーヌ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>冬物の洋服を出して、その内の何枚かを着てみた。<br />「まぁ何とかいけるわ」<br />去年着ていた服とサイズが変らず、ホッとした。<br /><br />大方の服は、更衣の時に整理し、「良かったら、使てくれる？」と着てもらえそうな人に渡してきた。<br />だが、「キチキチになってしもたけど、この服、好きやさかい」と、毎年着られないままに、1年2年3年と時だけ経ってしまう洋服もある。<br />「着たいんやったら、痩せなあかんわなぁ～」<br />同じ言葉を、今年で4年間言っている。<br />自分で言っておいて「あかんわなぁ～」と伸びる独り言に、『本気で思てないの丸わかりや』と思う。<br /><br />さて、『キチキチ』は大阪弁で目一杯の状態を指す言葉だ。<br />今の大阪の子は「この服、きっつい、きっつい」と言ったり、「この服、パンパン」と言う表現も使っている。</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>100年ほど前の言葉を話す女</title>
      <link>http://naruchan.cocolog-nifty.com/blog/2009/11/100-c955.html</link>
      <description><![CDATA[話す言葉のせいもあって、70代半ば以上の男性からよぉ（＝しばしば）、「あんたと喋...]]></description>
      <category>ウェブログ・ココログ関連</category>
      <category>パソコン・インターネット</category>
      <category>学問・資格</category>
      <category>心と体</category>
      <category>文化・芸術</category>
      <category>旅行・地域</category>
      <category>日記・コラム・つぶやき</category>
      <pubDate>Tue, 3 Nov 2009 08:15:00 +0900</pubDate>
      <dc:creator>マドレーヌ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>話す言葉のせいもあって、70代半ば以上の男性からよぉ（＝しばしば）、「あんたと喋ってたら、うちの母親と喋ってるみたいで……あんた、まだ若いわな？」と言われる。<br />『そら、お宅さんよりわこ（＝若い）おますがな』と、時には吹き出しそうになりながら、「へぇ、丁度、○○さんとこのお子さんと、よぉ似たもんの年齢とちがいますやろか。うち、今年で51です」<br />「えっ、ほなら（＝それなら）、あんたうちの娘と同い年や。はぁ～、そうかいなぁ」<br /><br />こんな事を言う男性の育った環境は、大阪市内で商売をしていたお宅の出の人が多い。<br />女性では、滅多にないので、「男の人は、いくつになってもお母ちゃんが恋しんや」と思っている。<br /><br />70代半ばの人の母親の年齢となると、100歳前後になる。<br />「うちの話す言葉は、100年ほど前のもん」となるが、幸い、ポッドキャストでご一緒して頂いた舞台美術家の竹内志朗先生はじめ、70代以降のお知り合いの方も多く、その方々と話すときは、互いに何不自由なく気楽に会話ができる。<br />ところが同年代や年下の人達と会話する折には、時に解説入りで話を続けることもある。<br />が、それはそれで、これもまた互いに面白いものだ。</p>]]></content:encoded>
    </item>
  </channel>
</rss>
