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    <title>祝詞ドットコム</title>
    <link>http://norito.cocolog-nifty.com/blog/</link>
    <description>金子善光の祝詞と神社専門ブログ</description>
    <language>ja-JP</language>
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    <itunes:author>ＫＮＫ</itunes:author>
    <lastBuildDate>Tue, 9 Feb 2010 07:04:55 +0900</lastBuildDate>
    <dc:creator>ＫＮＫ</dc:creator>
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      <title>■２０１０．０２１０・１１・１２〔永遠の若さ〕</title>
      <link>http://norito.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-d96e.html</link>
      <description><![CDATA[若いということは無知で無鉄砲が許される。 しかし若さとは体力だけを言うのではない...]]></description>
      <pubDate>Tue, 9 Feb 2010 07:04:55 +0900</pubDate>
      <dc:creator>ＫＮＫ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>若いということは無知で無鉄砲が許される。<br />しかし若さとは体力だけを言うのではない。<br />知識や知恵を蓄え無謀なことを控えるようになるのは<br />年を取るからだ。<br />若者は行動し老人は振り返る。ただし老いを感じさせる<br />青年がおり、青年のような心の老人もいる。<br />浦島太郎は永遠に若い心で暮らしていたのに<br />一瞬で老人に戻ってしまった。<br />それは親も友達も失ったと気付いたためだったかも知れない。 </p>

<p>（ｃ）金子善光</p>]]></content:encoded>
    </item>
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      <title>■２０１０．０２０７・０８・０９〔祟と障〕(たたりとさわり)</title>
      <link>http://norito.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-9132.html</link>
      <description><![CDATA[〈厄〉は中国伝来と考えられているが、 日本古来の考えもあった。 〈役〉つまり〈神...]]></description>
      <pubDate>Sat, 6 Feb 2010 07:45:49 +0900</pubDate>
      <dc:creator>ＫＮＫ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>〈厄〉は中国伝来と考えられているが、<br />日本古来の考えもあった。<br />〈役〉つまり〈神役〉を放棄するので、<br />神の〈たたり〉や〈障り〉を恐れたものだ。<br />それを詫びるつもりの祈りが、<br />いつの間にか禍を予防したり、<br />取り除いたりするためのものと受け取られて<br />しまった。<br />科学万能の時代と言われながら、<br />〈霊障〉などもＴＶでは持て囃される。<br />私の神社にも時おり〈霊障〉や<br />「心霊写真」の相談がある。<br />平田篤胤の『仙境異聞』などを読めば解る。<br />産土の神様に頼っていれば、<br />怖がる必要などないのである。<br />怖がりと御利益信仰とは最も救われぬ<br />パターンかも知れない。 </p>

<p>(c)金子善光</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>■２０１０．０２０４・０５・０６〔恐怖心〕</title>
      <link>http://norito.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-704a.html</link>
      <description><![CDATA[怖いと思えば枯木もおばけ(・・・)に見える。 〈けがれ〉〈たたり〉〈厄〉〈霊障〉...]]></description>
      <pubDate>Wed, 3 Feb 2010 05:24:25 +0900</pubDate>
      <dc:creator>ＫＮＫ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>怖いと思えば枯木もおばけ(・・・)に見える。<br />〈けがれ〉〈たたり〉〈厄〉〈霊障〉など、<br />実に様々な恐怖の種がある。<br />平安貴族は〈けがれ〉を恐れた。<br />道で死骸などを見ると大急ぎで帰宅し〈禊〉〉を<br />行って家に籠る。<br />さすがに今日の生活ではそうそう死体と<br />お目に掛かることはない。<br />しかし見えないものへの恐怖は消えないようだ。<br />〈たたり〉と言われると気に掛ける人が多い。<br />奈良・平安期のものを読むと、<br />神への不敬や無礼に対する報復が〈たたり〉である<br />場合が多い。<br />詰まる所こちら側に原因があったのだ。<br />闇雲に恐れるのは筋違いかも知れない<br />（〈厄〉や〈霊障〉については改めて触れる）。 </p>

<p>(c)金子善光</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>■２０１０．０２０１・０２・０３〔総代と忌明け〕プチ祝詞講座：忌明け祓</title>
      <link>http://norito.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-d724.html</link>
      <description><![CDATA[神道では喪に服す期間を五十日としている。 その後は普通の生活に戻ってもよいという...]]></description>
      <pubDate>Sun, 31 Jan 2010 22:20:13 +0900</pubDate>
      <dc:creator>ＫＮＫ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>神道では喪に服す期間を五十日としている。<br />その後は普通の生活に戻ってもよいということになる。<br />儒教では三年ということになるので短く感じる人もあろう。<br />その場合はいま暫く謹んで過せばよい。<br />ところで神社の総代は神事と関わるため、<br />忌明け祓（私のところでは「除服祓（ぶくばらい）」と呼び習わしている）<br />を行う。中には思い違いをして「鳥居を潜らなければよい」と、<br />鳥居を迂回して境内に入る人がある。これは大間違いで<br />神様にも失礼に当る。<br />本人から申告がなは場合は急ぎ陰祓（かげはらい）を<br />行って穢れを祓うことにしている。 </p>

<p>〔プチ祝詞講座〕忌明け祓<br />祓戸（はらへど）の四柱（よはしら）の大神等（おほかみたち）　<br />総代（そうだい）何某（なにがし）い　<br />忌（き）明（あ）けぬれば　除服祓（ぶくばらい）<br />仕（つか）へ奉（まつ）らくを　<br />見直（みなほ）し聞（き）き直（なほ）し坐（ま）して　<br />祓（はら）ひ給（たま）ひ清（きよ）め給（たま）へと </p>

<p>読み：<br />はらへどのよはしらのおほかみたち　<br />そうだい（なにがし）い　<br />きあけぬれば　ぶくばらい<br />つかへまつらくを　<br />みなほしききなほしまして　<br />はらひたまひきよめたまへと </p>

<p>(c)金子善光</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>■２０１０．０１２９・３０・３１〔神札と破魔矢 〕</title>
      <link>http://norito.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-915d.html</link>
      <description><![CDATA[授与所にいると色々な質問を受ける。 「神札と破魔矢はどう違うのか」というのがあっ...]]></description>
      <pubDate>Thu, 28 Jan 2010 00:16:46 +0900</pubDate>
      <dc:creator>ＫＮＫ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>授与所にいると色々な質問を受ける。<br />「神札と破魔矢はどう違うのか」というのがあった。<br />「神札は神様の分けみたまです。<br />朝夕、神札を拝めば神様と向き合うことになります。」<br />私「破魔矢は縁起物で魔を祓おうとするものです。<br />拝む対象とはなりません。<br />まつるのであれば神札を受けては如何でしょう。」と<br />説明すると二人は神札を受けて帰って行った。 </p>

<p>(c)金子善光</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>■２０１０．０１２６・２７・２８〔病気平癒〕プチ祝詞講座：病気平癒祈願</title>
      <link>http://norito.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-86dc.html</link>
      <description><![CDATA[ある時、氏子から相談があった。 子息が原因不明の病気で入院した。 手足も自由にな...]]></description>
      <pubDate>Tue, 26 Jan 2010 06:21:01 +0900</pubDate>
      <dc:creator>ＫＮＫ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>ある時、氏子から相談があった。<br />子息が原因不明の病気で入院した。<br />手足も自由にならない。<br />得意なコンピュータで意志表示するのだが、<br />看護師の手を煩わせることが多く、<br />病院側から転院を促された由。さっそく神前にそのことを奉告し、<br />良い病院が見つかるようにとお願いした。暫くして転院先が決まった。<br />そこで何とか看護師を煩わせないようにと再度神前にお願いした。<br />すると父親から「左手の小指が動くようになり、<br />一人でパソコンを操作できるようになった」との知らせを受けた。<br />「苦しい時の神頼み」も時には聞き届けて戴けるのだ。 </p>

<p>〔プチ祝詞講座〕：病気平癒祈願<br />大神等（おほかみたち）霊（たま）ぢはひ給（たま）ひて　<br />何某（なにがし）に相応（ふさは）しき薬師（くすし）と<br />引合（ひきあは）はせ給（たま）ひ　<br />いとも佳（よ）き道（みち）を示（しめ）し給（たま）へと </p>

<p>読み：<br />おほかみたち たま ぢはひ たまひて<br />なにがしに　ふさはしきくすしと<br />ひきあははせたまひ<br />いともよきみちをしめしたまへと</p>

<p>(c)金子善光</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>■２０１０．０１２４・２５〔どんど焼き＋初天神・初午〕</title>
      <link>http://norito.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-af63.html</link>
      <description><![CDATA[どんど焼 お正月のおわり、私の神社では一月十四日に「どんど焼」（焚き上げ）を行う...]]></description>
      <pubDate>Sun, 24 Jan 2010 00:04:25 +0900</pubDate>
      <dc:creator>ＫＮＫ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>どんど焼 </p>

<p>お正月のおわり、私の神社では一月十四日に「どんど焼」（焚き上げ）を行う。<br />まずは神前に祝詞を上げて開始の奉告をする。<br />次いで忌火を切って点火する。<br />燃え始めたころに私が大祓詞を唱える。<br />総代が次々に火の中へ古札や注連縄を入れて行く。<br />徐々に熱くなるので、後退しながら祝詞を上げる。<br />焚き上げの終るころには見物の人垣が出来る。<br />「惜しいね、焼芋が出来たのに」などと軽口が飛ぶころには、<br />撤下酒で直会を行い、一同解散となる。 </p>

<p>(c)金子善光</p>

<p></p>

<p></p>

<p>初天神・初午 </p>

<p>天神様やお稲荷さんへ詣るのは何時でも構わない。<br />ただ、一月二十五日に天満宮に参詣し、<br />初午の日に稲荷神社へお参りすると心は改まるようだ。<br />天神様は江戸時代以降は学芸の神様と信じられたし、<br />お稲荷さんは元来は豊穣の神様なのに、<br />次第に商売繁盛の御利益を考えるようになった。<br />ともあれ初詣に行きそびれた方には、<br />初天神・初午にお参りするという手がある。 </p>

<p>(c)金子善光</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>■２０１０．０１２３〔授与所〕</title>
      <link>http://norito.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-62d6.html</link>
      <description><![CDATA[今年もお正月に学生と卒業生たちが手伝いに来てくれた。 総代も「神社らしくてよい」...]]></description>
      <pubDate>Sat, 23 Jan 2010 01:16:24 +0900</pubDate>
      <dc:creator>ＫＮＫ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>今年もお正月に学生と卒業生たちが手伝いに来てくれた。<br />総代も「神社らしくてよい」と言ってくれる。<br />神職としては正月にしか巫女がいないのは<br />不本意なのだ。しかし小さな神社なので仕方がない。<br />彼女らが授与所に座っていると色々な質問が来る。<br />「破魔矢と神札とではどこが違うのか」<br />「伊勢神宮と氏神様の神札は両方をまつるのがよいのか、<br />一方だけでよいのか」。<br />それなりに齢を重ねた人が若い巫女に問うている姿は変だ。<br />戦争に負けて半世紀以上も経って、<br />遂に文化や国がらへの関心が薄くなってしまった。<br />一神教の人々とは別な信仰を生きて来た御先祖様の生き方は、<br />もはや通じなくなろうとしている。</p>

<p>(c)金子善光 </p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>■２０１０．０１２１・２２・〔無知〕</title>
      <link>http://norito.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-440b.html</link>
      <description><![CDATA[松飾は神社における注連縄や鳥居のような 役割を果たすものと思われる。 大晦日まで...]]></description>
      <pubDate>Wed, 20 Jan 2010 06:37:54 +0900</pubDate>
      <dc:creator>ＫＮＫ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>松飾は神社における注連縄や鳥居のような<br />役割を果たすものと思われる。<br />大晦日までに家の中を清め、<br />歳神様をお迎えする準備のできたことを<br />表示するためにあった。<br />それを正月の玄関飾りにした。<br />そして神様がお帰りになった鏡開きのころに<br />取り外すのだが、後始末が解らないらしい。<br />核家族化で年寄に学ぶ機会が減ったためだろうか。<br />かつては家ごとに焚き上げたものであった。<br />都市では近隣の目が喧しい。<br />防火ということもあって簡単には燃せない。<br />そこで神社へ持ち込む。だが考えて欲しい。<br />神社は清浄を第一とする場所である。<br />神々をまつる清らかな所だ。<br />そこへ目的を終えた松飾を持ち込むのである。<br />中には夜陰に乗じて置いて行く人もある。<br />最後の最後で、せっかくの敬虔な思いを徒としている。<br />無知では幸せになれないのである。 </p>

<p>(c)金子善光</p>]]></content:encoded>
    </item>
    <item>
      <title>■２０１０．０１１８・１９・２０〔参拝のマナー〕</title>
      <link>http://norito.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-4ce8.html</link>
      <description><![CDATA[正月、大きな犬を連れた婦人が参道に屈み込んでいた。 何事かと見れば、犬の糞を取ろ...]]></description>
      <pubDate>Sun, 17 Jan 2010 08:03:43 +0900</pubDate>
      <dc:creator>ＫＮＫ</dc:creator>
      <content:encoded><![CDATA[<p>正月、大きな犬を連れた婦人が参道に屈み込んでいた。<br />何事かと見れば、犬の糞を取ろうとしているのであった。<br />「すみません」と私に詫びるが、<br />神様に申し上げるべきだと思う。<br />神職や総代が『心地よく参拝して戴こう』と掃き清めた玉砂利に、<br />朝から糞を落されては興醒めだ。<br />私は撤饌の酒・塩・水を境内に撒くようにしている。<br />知らないところでこのように境内を穢していることがあるからだ。 </p>]]></content:encoded>
    </item>
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